Pride of Wacom - ワコムの矜持

30年の時を超えて:目指すのは次のスタンダード

生まれ変わった新しいWacom Cintiq シリーズ

新しいWacom Cintiqシリーズは、Wacom Cintiq Proシリーズの設計思想を色濃く受け継ぎつつ、更なる進化を遂げている。その一つが、液晶タブレットを支える専用スタンドだ。制作環境に合わせて18段階に角度を調整できる新しいスタンドは、Wacom Cintiq シリーズの性能を最大限に引き出す必須アクセサリー。クリエイターの姿勢の自由度を高め、長時間にわたる創作でも快適に過ごすことができる心強いパートナーだ。また、合わせて開発されたペンスタンドも、あらゆる場面を想定してゼロからデザインされている。

全く新しい専用スタンドとペンスタンドには、主役である液晶タブレットにも引けを取らないほど、ワコムのプライドが存分に詰め込まれている。その開発の裏側をデザイナーとエンジニアが語る。

フラッグシップモデルのペン体験をより多くの人に

Wacom Cintiq シリーズのデザインを手がけたのはテクノロジー&エクスペリエンスのディレクターオブデザインの西澤直也。商品企画を担当したETC*1の一員として、ディスプレイ、スタンド、ペンスタンドといったハードウェアに関するデザインを担った。

「2022年に発売したWacom Cintiq Proシリーズは、プロクリエイターに向けてワコムの技術の粋を詰め込んだもの。市場のトレンドに合わせてアップデートし、ニーズに合わせたカスタマイゼーションの考え方も取り込んだ先進的な製品になりました。ただ、プロフェッショナルに向けた製品としてかなり研ぎ澄まされた分、ユーザーを選んでしまった部分も少なからずあったことも事実。やや尖り過ぎていたんですね。今回発売するWacom Cintiq シリーズは、多くのユーザーが必要とする機能に絞りこみ、できるだけミニマルに収めようというのがコンセプトになっています」(西澤)

この製品は、プロジェクトの発足当初からさまざまな用途を想定して企画が進められていた。前世代の製品はクリエイターをメインユーザーと想定していたため、ディスプレイの手前が薄く、奥に行くに従って厚みを増す「楔形(くさびがた)」の断面を持った構造が採用されていた。手前が薄いことで、机とディスプレイの間に生まれる段差が少なくなり、クリエイターの「手が落ちる」ことを防いでいる。一方、今回のリニューアルで意識されたのがより幅広いユースケース。企業や官公庁での使用シーンをイメージし、机に置いて平面で使えることはもちろん、壁やスタンドに取り付け立てても、さらにはそれを回転させても使えるデザインが追求された。行き着いた先が「とにかくディスプレイがフラットであること」(西澤)だった。

「次世代のWacom Cintiqシリーズに関しては、企画段階からB2B向けとクリエイター向け、両方を担える製品をつくろうという考えで動いていました。このことは製品の汎用性はもちろん、資材調達コストを抑えることにもつながっています」(西澤)

*1 ETC: 部門横断的に集まった有志から構成されるタスクフォース。日常業務で培った専門領域の知識と経験を集積し、特定の課題解決を図ろうとする時限組織

約30年受け継がれるスタンドのデザイン

Wacom Cintiqシリーズの特徴のひとつが、液晶ディスプレイを支える専用スタンド。前世代ではサイズごとに専用のスタンドが用意されていたが、リニューアルに当たってはより広範な利用シーンを想定し、国際規格であるVESA*2を採用。ディスプレイのサイズを問わずに使えるスタンドが誕生した。

ETCとも連携し、西澤とともに専用スタンドの開発に当たったのが、EMR*3モジュールのメカニカルエンジニアリングでシニアエンジニアを務める櫻井誠司だ。

新しいスタンドを開発するにあたってベンチマークとしたのが、すでに多くのユーザーの手に渡り、その反応もわかっていた前モデルのWacom Adjustable Standだった。このスタンドはクリエイターの創作を妨げない高い機能性を誇るが、同時にいくつかの課題も見られた。

「課題は大きく2つありました。1つ目が動作させた時の『金属音』。動かした時のガチャガチャという音が気になるという声をいただいており、次の製品開発での改善点に挙がっていました。2つ目が負荷を掛けたときの『揺らぎ』。ディスプレイに力を加えるとどうしてもガタつきが出てしまう部分がありました。今回の新しいスタンドでは、金属部品の噛み合わせや素材の選定、スタンドに組み込まれたギアの形状変更やスタンドの足形状の最適化などにより、金属音や揺らぎという課題の解決を図りました。最初に西澤さんのデザインを見たときに、あまりにもすっきりしたデザインに惚れ惚れしたのですが、スタイリッシュな反面、必要な機構を組み込めるかという不安もありました。私は自分の目で見ないと納得できないので、モックアップを作りながら試行錯誤の末に形にすることができました」(櫻井)

今回のスタンドはディスプレイの角度を細かく18段階で変えることができる。どの角度で固定する際にも、金属部とプラスチック部品が奏でる「カチャッ」という音が小気味良い。機能性だけでなく、五感を通じて創作体験を支えようというワコムの姿勢の表れだ。音だって創作体験を支えるひとつの要素なのだ。この「18段階で調整できるスタンド」という基本理念は、前世代のWacom Cintiqシリーズのアクセサリーとして展開されていたWacom Adjustable Standから継承されたもの。その起源を辿ると、実に約30年前に設計されたものだというから驚く。

「約30年も採用され続けたデザインには敬意を払いつつも、必要と思われる部分は細かくリファインしています。例えば足の部分。これまでは複数の部品を組み合わせて作られていましたが、一体成形の鋳物としたことで揺らぎの原因を極力減らしています。重量は多少増えるものの、剛性は高まりました。良いものでもただ受け継ぐのではなく、時代にあったアップデートを加えたのは私たちのこだわりですね」(西澤)

「30年もの間、ワコム製品として生き続けてきたということは、それだけ優れたデザインだということ。ワコムが長く採用してきた細かな角度調整が可能なスタンドは、ある意味では普遍的な価値を持っているのかもしれません。実際、多くの企業がこの機構を真似た類似商品をつくっていたという話も聞いています。今回の専用スタンドでは24インチサイズのディスプレイの場合、1段階で約3度、17度から69度まで対応しています。変えるべきところは変え、残すべきものは残していく。デザイナーやエンジニアとして大事な部分だと思います」(櫻井)

約30年にわたって、文字通りワコム製品を支えてきたスタンドのデザイン。金属音や揺らぎを改善し、「この形のスタンドとしては、現時点での完成形と考えている」と語る櫻井。その表情は、はにかみながらもどこか誇らしげに見えた。このデザインがこれから先の30年のスタンダードになることも、あながち絵空事とは言えないだろう。

*2 VESA:液晶ディスプレイやテレビなどの映像機器の接続や取り付けに関する国際的な標準規格。Video Electronics Standards Association(VESA)という組織が策定したことから名付けられた。

*3 EMR:EMR(電磁誘導方式)は、ワコムが特許を取得したディスプレイ関連の技術。デバイスの液晶ディスプレイ画面の裏側にあるセンサー層と強化ガラス層で構成される。

新しいペンスタンドのあり方を求めて

もう一つ、単なる付属品として侮ることができないペンスタンド。ペンスタンドひとつでペン体験のクオリティが左右されることもあり、重要なツールだ。先に述べたとおり、新世代のWacom Cintiq シリーズはクリエイターのみならず、企業や官公庁といったB2B顧客の利用シーンを想定した製品。不特定多数の方が利用することを最初から想定したこの製品のペンスタンドには、ディスプレイ本体に固定できることでペンスタンド自体の紛失リスクを抑え、ディスプレイを平面に置いて使う場合でも、壁に掛けて使う場合でも機能する機構が求められた。このデザイン要件は、クリエイター向け製品とはやや趣を異にするものだった。

「そこで考案したのが、この円筒状のデザインでした。本体側面に固定することができ、円筒の直径は本体の厚みを僅かに下回るサイズにしているので、側面に挿して回転させても机や壁に干渉せずにペンを立てることができます。本体側面の左右どちらにも挿すことできるのでユーザーの利き手も問わない。この製品にはグリップの太さをカスタマイズできるWacom Pro Pen 3が付属しますが、グリップの有無に関係なく安定して立てられるデザインになっています。本当はもう少しサイズが大きい方がペンを挿しやすく、ペンスタンドとしての使い勝手はいいのですが、このサイズに抑えることが求められていたのでかなり苦労しました。ディプレイにペンを走らせているときにペンスタンドが邪魔にならないかという点も気になっていましたし、その意味ではチャレンジングなデザインだったと思います」(西澤)

西澤は「この製品のデザイン全体を見ていたが、一番腐心したのがこのペンスタンドのデザインだった」と振り返る。製品全体からすれば一つのアクセサリーに見えなくもないが、これが数々のワコム製品のデザインを手掛けてきた西澤の言葉だと考えれば、このごく小さなペンスタンドが持つ意味の大きさがうかがえるのではないだろうか。

新しいWacom Cintiqシリーズを存分に楽しんでほしい

これから世の中に広がっていくWacom Cintiq シリーズ。デザイナーとして、エンジニアとして、この製品を通じてどのような体験を届けたいと考えているのだろうか。

「フラッグシップモデルであるWacom Cintiq Proシリーズはプロのスタジオアーティストに向けた製品なので、スペックは圧倒的である分、価格もかなり高めに設定しています。では、プロではないけれど創作を楽しむ人たちにとってのWacom Cintiq Proシリーズってどんなものだろう? その問いかけが、今回のWacom Cintiq シリーズを構想するきっかけになっています。だから、この製品は『ミニマルなフラッグシップモデル』と考えてもらって良いでしょう。ディスプレイ性能も格段に進化し、Wacom Pro Pen 3 にも対応しています。ワコムの技術力、そして、ワコムが目指す『アナログに近いデジタルペン体験』を感じてもらえたら嬉しいですね」と話す西澤。その語り口は、この最新モデルが単に最上位機種のエントリーモデルだけに留まらない、たしかな個性と実力を備えた液晶タブレットであるという確かな自信を感じさせるのに十分だろう。

「私自身、普段あまり創作はしないのですが、このシンプルなデザインは本当に魅力的。個人的にはWacom Cintiq Proにだって負けていないと感じます。これからのワコム製品のひとつの進化の方向性として挙げられるのが『ポータブル』。この専用スタンドの重量は約0.9kgと1kgを切る軽量を実現しています。回転機能を有するスタンドは数kgになることを考えれば、十分に持ち運べる重さですよね。まずはここから、ポータブルでも楽しめるワコム製品を体感して欲しいですね。今回のスタンドに対する社内からの評判はかなり良いと『間接的に』は聞いています。でも、みんな直接はなかなか言ってくれないんですよね」と櫻井は笑う。実際のユーザーの声がその耳に届くまで、それほど時間はかからないかもしれない。

ワコムはこれからも、デザイナーとエンジニアの共創が生み出す極みのペン体験を届けていく。

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