Pride of Wacom - ワコムの矜持

新しいICが叶える最高のペン体験

Wacom Intuos Pro:新しいICを搭載したワコムを代表するペンタブレット

自然なタッチで高精細な表現を実現するWacom Intuos Proは、ワコムを代表するペンタブレットとして長くクリエイターを支え、その閃きの瞬間をとらえてきた。そのWacom Intuos Proが 2025年2月、2017年以来となるリニューアルを果たした。新しいWacom Intuos Proは、優れた表現力と操作性はそのままに、これまで以上に薄く、軽く、スタイリッシュなペンタブレットへとさらなる進化を遂げている。

生まれ変わったWacom Intuos Proの大きな特徴のひとつが、ワコムが歳月をかけて開発に取り組んできた「新しいIC」が搭載されている点だ。

IC(Integrated Circuit:集積回路)は、トランジスタ、コンデンサ、抵抗、ダイオードといった電子部品を一枚の基盤に集積した電子部品で、電子機器のパフォーマンスを左右する言わば心臓部とも言える重要なパーツ。特に、特定のアプリケーションのために最適化された高性能なオーダーメイドICは「ASIC(Application Specific Integrated Circuit)」と呼ばれ、汎用型ICでは対応が難しい特定機能の向上を実現することができる。

高性能のICがあればデバイスの可能性もそれだけ広がっていく。逆に、いくらデバイス設計が優れていても、ICの持つ潜在能力以上に性能を高めることは難しい。「デバイスの性能を決定するのはICの性能による部分が大きい」といっても決して過言ではないだろう。

一人静かに育てた研究が実を結ぶとき

この新しいICの開発の源流を辿ると、今からおよそ5年前に行き着く。

ワコムの基幹技術のひとつであるEMR(Electro-magnetic Resonance:電磁誘導方式)*1に使われていたICは、当時すでに開発から数年が経過。ワコム製品の根幹を支えていたものの、日々厳しくなるクリエイターからの要求レベルに応えるためにも、さらなる性能向上が求められていた。

その命を受けたエンジニアがカスタムLSIデベロップメントでIC開発に携わる松田洋輔だった。当時、松田はまだワコムに入社したばかり。EMRについてもほとんど知識がなかったという。

託されたテーマは「SNRを向上させる」というもの。SNR(Signal-to-Noise Ratio)とは、目的の信号(S:Signal)に対する雑音(N:Noise)の量を対数で表したもので、電気回路や通信回路、音響機器などの性能を表す際に用いられる数値だ。端的に言えば、「SNRの数値が大きいほど雑音が少なく高品質の信号が得られる」ということ。松田はこう述懐する。

「ある製品を渡されて『このSNRを向上させる』という研究開発テーマが与えられました。『これは一筋縄では行かない』と直感しました。

この難題と向き合うため、私一人でPoC(Proof of Concept:新しいアイデアやコンセプトの実現可能性、得られる効果などを検証するプロセス。概念実証ともいう)をつくり、仮説検証を繰り返しました。回路設計やFPGAなど、実際に研究を動かし始めるまでのハードルも多かったですね。

(電気信号の時間的な変化を波形として視覚的に表示する)オシロスコープを使ってひたすらSNRを評価する日々は、楽しくもあり、厳しくもありました。ノイズの原因を一つひとつしらみ潰しに探っていくのですが、ノイズの原因を特定できたとしても、必ずしもその時点では解決策が見えていないですからね。焦ることなく一歩ずつ着実に進めていきました」(松田)

松田は実に3年にわたり、ほぼ独力でこの研究を続けた。従来比でSNR を向上させるためのIC。その開発に必要な要件が徐々に見え始め、次世代の新しいICを設計できるだけの準備が整いつつあった頃、ワコムの技術部門を統括するエグゼクティブ・プリンシパル・テクノロジストでEMRモジュール責任者であるジュンフン・リから声が掛かった。こうして技術部門のトップからの期待を背負う形で、新しいICの開発が正式にスタートすることとなった。「Wacom Intuos Proのリニューアルに合わせて新しいICの開発プロジェクトが始まりました。これまで研究を続けてきた甲斐があったと感じました」(松田)

*1 EMR(Electro-magnetic Resonance:電磁誘導方式):
ワコムが特許を取得したディスプレイ関連の技術。デバイスの液晶ディスプレイ画面の裏側にあるセンサー層と強化ガラス層で構成される。
センサーは、垂直・水平交互の格子状に配置され、それぞれのセンサーは正確に組み込まれており、微弱な電磁信号を発する。これらの信号を組み合わせると、デバイスのガラス面に磁場が発生する。
EMRの利点は、ペンに電源を一切必要とせずに、液晶ディスプレイ画面および保護ガラスを通過してペンに電力が供給されることにある。このため、バッテリーの消耗や電源ケーブルのねじれ、破損が生じない。EMRは、ワコムの品質および信頼性に優れた技術を組み合わせて実現しており、業界最高の精度と耐久性を誇る。このような特性から、EMRは現在のワコムのデジタルデバイスを支える基幹技術のひとつとなっている。


「SNR向上」を実現したワコムの新しいIC

Wacom Intuos Proの開発を主導したのがEMRに関わるハードウェアの開発と製品化を担うEMRテクノロジーチームのリーダー・杉山義久。

これからのワコム製品に求められるICはどうあるべきか。新しいICをいかにして実際の製品に組み込んでいくのか。

製品開発の観点から、新しいICのあり方を松田とともに検討した。

新しいICの開発にあたり、杉山は松田に対していくつかの要望を伝えた。

真っ先に挙がったのが「あらゆるペンに対応できること」と「ペンタブレット(板タブ)にも液晶タブレットにも対応できること」。

杉山は、「ワコムではGDペン2とUDペン3という2つの方式のデジタルペンを提供しており、従来のICの場合、ある意味では『力技』で両方のペンに対応していた側面がありました。新しいICによって無理なく対応できるようになれば、クリエイターのペンの選択の幅を広げることにもつながっていく。

新しいICひとつで、これからのワコム製品すべてに対応していきたいという会社方針を受けて開発スタートしました。」とプロジェクトの開始当初を振り返る。


次に杉山が求めたのは、ポータブル対応プロダクトへの採用も考えた「消費電力の低減」。新しいICでは、適切な電力管理によってこれまで以上の低電力化を実現した。さらに、「通信系端子」を組み込んだのも大きな特徴。これにより従来のICと比較し、追加する外付け部品の数を劇的に減らすことが可能となった。これまではマイコン(LSI)との組み合わせが必須だったが、新しいICでは単体で対応できるため、基板面積は大幅に減少された。ICの小型化成功は、低コスト化と同時にデザイン面での自由度向上に貢献している。

「ワコムとしては、高性能かつ小型化を実現した『最高のIC』を目指しました。一方で製造コストの問題もあり、私たちの要望をすべて組み込むとコストが全くはまらない。性能を担保しながらどこまで譲歩できるか。ICの開発ベンダーとの交渉はタフなものがありました。プロジェクトの初期段階で製品仕様を決定するまでがイバラの道。相当な時間を要しましたね」(松田)

完成した新しいICは、松田や杉山の期待に応える高いパフォーマンスを実現した。液晶ディスプレイの場合、液晶から生じる特有のノイズが存在する。一般的には液晶をマスクすることでノイズを減衰させるが、この方法ではシグナルも一緒に減衰してしまう。新しいICでは、シグナルはそのままにノイズだけを消去する処理を可能とした。ICに組み込む受信機(チャネル)も増やし、かつて松田に与えられた「SNRを向上させる」という当初の目標は、こうして達成されることとなった。「もちろんペンタブレット(板タブ)であるWacom Intuos Proでも、新しいICの持つ力は十分に感じていただけますが、この新しいICの性能は液晶ディスプレイ製品に組み込まれた時にこそ、さらなる真価が発揮されると考えています」(松田)Wacom Intuos Proは新しいICが搭載された最初の製品。今後登場する新たな製品にもこのICが採用されていく見込みだ。これからも新しいICが届ける驚きのペン体験が広がっていくと思うと、今から楽しみでならない。

*2 GDペン:ペンの筆圧などの情報を、ペン内部で一度デジタル値に変えてから交流磁界の変化でセンサーに伝える「GD方式」という技術を用いたデジタルペンのこと

*3 UDペン:ペンの筆圧などの情報を直接交流磁界の変化でセンサーに伝える「UD方式」という技術を用いたデジタルペンのこと。



新しいICの性能を余すところなく引き出すために

新しいICに、その性能を存分に発揮してもらう。Wacom Intuos Proでの挑戦においてセンサー関連を担当したのがシニアエンジニアの馬越(マ・ユェ)。杉山のチームの一員として、これまでにも多くの製品でセンサーの設計や開発、量産までの生産管理を担当してきた。

新しいICは性能面では圧倒的に優れているが、電気設計面における自由度が少しばかり下がった。そのため、製品に組み込む際の最適な設計の模索には時間を要した。IC側の条件に合わせて設計を工夫しつつ、机上の計算だけでは最初から理想の状態を実現するのは難しいため、馬は多くのエンジニアにアドバイスを求めながら最適解を探っていった。

「電気設計の面から言うと、競合他社も含めてベゼルをさらに狭くするという要求が強まっているため、それに対して応えなければなりません。ベゼルはディプレイの額縁部分のことで、触れても動作しないエリアを指します。ベゼルが広ければ設計上の制約も緩和されます。ベゼルを狭くする方向で製品が進化しているということは、私たちエンジニアに求められる設計精度もシビアになっていくことを意味します。

新しいICの性能を発揮するため、回路の抵抗値を下げることにも苦労しました。抵抗はコイルの太さや配置によって決まってきますが、製品自体もできるだけ薄くすることが求められていたため、制約も少なくありません。技術的条件のなかでより良い解決法を見つけていきました」(馬)


Wacom Intuos Proでは、新しいICだけでなく新しいデジタイザーも採用されている。ワコムでは、FPC4やFR-45などのセンサー基板と磁性層シートの組み合わせをデジタイザーと呼ぶ。クリエイターのペンの軌跡を読み取り、高精細な表現を実現するための重要な技術だ。これまではセンサー側の基板と磁性層シートを物理的に貼り合わせて一体化していたが、新しいデジタイザーは基板の製造工程で磁性層シートを組み込むという新たな技法で製造されている。このデジタイザーの採用は2024年5月に発売されたWacom Movink 13から始まったもの。2つの素材を貼り合わせる工程をスキップでき、製造のリードタイムを短縮できるメリットがある一方で、開発過程では未知の課題とも直面した。センサー基板と磁性層シートでは素材が異なるため、熱を加えて一体化させようとした時に、収縮率の違いなどにより計画通りに進まなかったのだ。馬らは、さまざまなサンプルを用意して製造工場と議論し、最適なパターンを見出した。

「全く新しい技法でのデジタイザー開発だったので、予期していなかった課題が数多く発生しました。コスト面を抑えつつ、いかに高性能を実現するか。製造を依頼している工場には細かな要望をお願いしました。製品ごとに毎回ゼロから検討をしていくため苦労も絶えませんが、形になった時の喜びは大きいですね」(馬)

チームリーダーの杉山は「Wacom Intuos Proは電気設計の観点ではかなり厳しい要件になっている。それにも関わらず、過去のワコム製品と同等かそれ以上のスペックを実現できたのは、間違いなく新しいICの恩恵に依るところが大きい」と話す。そして、スペックだけを追い求める技術開発競争に対して、柔らかな物言いではあるものの、はっきりとした態度を示す。「スペックだけを追い求めれば、よりインパクトのある数字を出すこともできます。しかし、それによってクリエイターの創作を妨げてしまっては本末転倒です。スペックだけを比較したら優れているように見えて実態はジッタ*6だらけだったというのでは、何のためのクリエイター向け製品なのかわかりません。すべてはクリエイターに最高のペン体験を提供するため。クリエイターから求められる最適なバランスを、私たちは常に追い求めています。これはどの製品でも変わることのない、ワコムの譲れない信念です」(杉山)

*4 FPC(Flexible Printed Circuits):フレキシブルプリント基板。プラスティックフィルムで作られた薄く柔軟性のある基板のこと。

*5 FR-4(Flame Retardant Type 4):ガラス繊維を布状に編んだガラス織布にエポキシ樹脂を滲みこませた硬い基板。難燃性と低導電率を両立する。

*6 ジッタ:デジタル信号の「タイミングの揺らぎ」のこと。ジッタによって回路間や機器間相互のタイミングが崩れることでシステムの誤動作や精度低下が発生することがある。


ワコムの技術の結晶がもたらす最新のペン体験を

ワコムの研究開発の結晶である新しいIC。そのICが初めて搭載されたWacom Intuos Proについて、開発に携わったエンジニアたちはどのような想いを抱いているのだろう。

「より軽く、より薄く。これが私の目指すところです。この点において、新しいICも新しいデジタイザーも大きく貢献しています。

生まれ変わったWacom Intuos Proは消費電力やペンの反応の良さなども含め、ワコムのこれまでの製品と比較して、数字上はそれほど大きく変わっていないように見えるかもしれません。もちろん、これまでのワコム製品のクオリティが高いこともありますが、実際にWacom Intuos Proを見てもらえば、より薄く、より軽く、よりスタイリッシュになっていることは一目瞭然です。

ベゼルも狭くなってユーザビリティも向上しています。自信を持ってお届けできる製品に仕上がったと思います」(杉山)

「新しいICによって、製品性能が高まったのは間違いないですね。SNRの改善はもちろん、このICの性能はフレームレート(動画や映像において1秒間に表示される画像の数を示す単位:fps)を上げることにも使うことができます。


ぜひ多くのクリエイターの方にこのWacom Intuos Proを使っていただき、ワコムの新しいICの性能を体感してもらいたいですね」(松田)

「軽く、薄く、ベゼルも狭いWacom Intuos Proの良さは、使っていただければ必ず実感できると思います。ベゼルの狭いデザインなので『こんな場所まで描けるんだ!』という感動を味わってもらえると思います」(馬)

新しいIC、新しいデジタイザー、付属されるワコムのフラッグシップペン・Wacom Pro Pen 3。新しいWacom Intuos Proには、現時点でのワコムの最先端技術が凝縮されており、まさにワコムの技術の粋を集めたプロダクトと言えるだろう。エンジニアたちが追い求めた最新のペン体験を、心ゆくまで体感してほしい。

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